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最高裁判所大法廷 昭和28年(秩ち)1号 決定 1958年10月15日

主文

本件特別抗告を棄却する。

理由

抗告人は法廷等の秩序維持に関する法律(以下単に「本法」と略称する)二条にもとづく監置決定ならびに監置のための保全処置としての拘束は憲法三二条、三三条、三四条、三七条を無視し、右全条またはその各条項に違反して抗告人に対してその身体の自由を拘束し、実質上刑罰または拘禁、抑留を科したものであって、違憲無効の決定処置である、と主張する。

そもそも本法の目的とするところが、法廷等の秩序を維持し、裁判の威信を保持することに存し、そしてこのことが民主社会における法の権威確保のために必要であることは、本法一条によって明らかにされているところである。日本国憲法の理念とする民主主義は、恣意と暴力を排斥して社会における法の支配を確立することによって、はじめてその実現を期待することができる。法の支配こそは民主主義の程度を卜知する尺度であるというも過言ではない。この故に民主主義の発達したいずれの社会においても、法の権威が大に尊重され、法を実現する裁判の威信が周到に擁護され、とくに一部の国々においては久しきにわたる伝統として、裁判所の権威を失墜させ、司法の正常な運営を阻害するようないわゆる「裁判所侮辱」の行為に対して、厳重な制裁を科してきたのである。

本法が制定された趣旨も要するに以上述べたところに帰着する。これと趣旨を同じくする制度はわが国においてもかつて存在しなかったわけではないが(裁判所構成法一〇九条参照)、旧制度に比して、司法の地位を著しく高めた日本国憲法の下において本法の制定を見たのはきわめて当然だといわなければならない。

この法によって裁判所に属する権限は、直接憲法の精神、つまり司法の使命とその正常、適正な運営の必要に由来するものである。それはいわば司法の自己保存、正当防衛のために司法に内在する権限、司法の概念から当然に演繹される権限と認めることができる。従ってそれを厳格適正に行使することは、裁判官の権限たると同時に、その職務上の義務に属するのである。

この権限は上述のごとく直接憲法の精神に基礎を有するものであり、そのいずれかの法条に根拠をおくものではない。それは法廷等の秩序を維持し、裁判の威信を保持し、以て民主社会における法の権威を確保することが、最も重要な公共の福祉の要請の一であることに由来するものである。

本法による制裁は従来の刑事的行政的処罰のいずれの範疇にも属しないところの、本法によって設定された特殊の処罰である。そして本法は、裁判所または裁判官の面前その他直接に知ることができる場所における言動つまり現行犯的行為に対し裁判所または裁判官自体によって適用されるものである。従ってこの場合は令状の発付、勾留理由の開示、訴追、弁護人依頼権等刑事裁判に関し憲法の要求する諸手続の範囲外にあるのみならず、またつねに証拠調を要求されていることもないのである。かような手続による処罰は事実や法律の問題が簡単明瞭であるためであり、これによって被処罰者に関し憲法の保障する人権が侵害されるおそれがない。なお損われた裁判の威信の回復は迅速になされなければ十分実効を挙げ得ないから、かような手続は迅速性の要求にも適うものである。

以上の理由からして、本法二条による監置決定が憲法三二条、三三条、三四条、三七条に違反するものとする抗告人の主張はこれを採用することができない。また本法三条二項による行為者の拘束も、監置のため必要な保全処置であり、憲法のこれらの法条に違反するものではない。(抗告人は監置と拘束の違憲を主張するが、これは結局これらの処置がもとづいている法廷等の秩序維持に関する法律自体の憲法違反を主張しているものと認められる。)

よって原審決定は結局正当なるに帰し、本件抗告は理由がないから、本法九条、法廷等の秩序維持に関する規則一九条、一八条一項により主文のとおり決定する。

この裁判は裁判官奥野健一の補足意見あるほか全員一致の意見によるものである。

裁判官奥野健一の補足意見は次のとおりである。

法廷等の秩序維持に関する制裁が、多数意見の示すように「司法の自己保存、正当防衛のため司法に内在する権限、司法の概念から当然に演繹される権限であり、直接憲法に基礎を有するものである。」としても、「刑事裁判に関し憲法の要求する諸手続の範囲外にある」とはいえないのであって、多数意見も示すとおり、本法の制裁も「本法によって設定された特殊の処罰」である以上、やはり、憲法の裁判に関して要求する諸手続の範囲内において、これに準拠して裁判さるべきものであると考える。ただその手続が、事件につき審判その他の手続をするに際し裁判官の面前その他直接に知ることができる場所におけるいわゆる裁判所侮辱的な現行犯的言動に対し、原則としてこれを現認していた裁判官によって行われるものであるから、通常の犯罪に対する逮捕、審理、裁判の場合を予想して規定された憲法の諸手続は、その趣旨に抵触しない限度において、多少の合理的な例外手続を認めることは、憲法は必ずしも許さないものではないと解せられる。

そこでまず、本法三条二項の拘束も、本法二条の監置の制裁も裁判所又は裁判官によって科され又は命ぜられるものであるから、憲法三二条に違反しないものであることはいうまでもないところであり、また、右拘束処分は法二条一項の制裁の裁判をするための保全措置であり、裁判官の面前における言動つまり現行犯的行為の場合における拘束であるから、その拘束について憲法三三条の令状を要しないことは同条からも明らかであり、更に法二条の監置の裁判については、事実及び法の適用が示され、その裁判は宣告によってその効力を生ずるのであり(規則一〇条二項、一一条一項)、拘束については法廷等における秩序紊乱が現認される場合であるから、その理由は、これを示さなくても明白であり、かつ、弁護人の援助の必要性も乏しいのみならず、本件においては弁護人の補佐を受けているのであるから憲法三四条にも反しない。また、法廷等の秩序妨害行為の被害法益は、当該裁判官個人の権益ではなく、むしろ、裁判の威信、法の権威自体であるから、当該裁判官が直接裁判することは公平な裁判所の裁判ではないとはいえないのみならず、却って、現にこれを現認した裁判官が裁判に当ることは、真実に符合する公正な裁判をなし得る所以でもあり、また、本件審理の対象も当該裁判官の面前で行われた現行犯的行為であるから、事実は明白であって、普通の一般刑事裁判の手続の如く、特に、証拠調を必要とする理由も少なく、弁護人の援助を必要とする余地も少ないから、この点につき本法及び規則の如く普通の刑事事件の裁判手続より簡易化した規定を設けても違憲でないのみならず、本件においては、被制裁者は弁護人の補佐を受けて公開の法廷において裁判されたものであるから、憲法三七条にも違反するところはない。

よって、結局本件特別抗告は理由がない。

(裁判長裁判官 田中耕太郎 裁判官 小谷勝重 裁判官 島 保 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 河村又介 裁判官 垂水克己 裁判官 河村大助 裁判官 下飯坂潤夫 裁判官 奥野健一 裁判官 高木常七 裁判官 石坂修一)

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